トレイシー・シュバリエの『真珠の耳飾りの少女』には、幾つかの実在するフェルメールの絵が登場します。
『水差しを持つ女』を描くフェルメールの描写がありました。
<パン屋の娘さんを描くのに、旦那様はまず白い画布一面に濃い灰色をお塗りになる。それから赤みがかった茶色で娘さん、机、水差し、窓、地図を描くところに微をつけた。次に目の前にあるもの -娘さんの顔、青いスカート、黄と黒の胴着、茶色い地図、銀色の水差し、水盤、白壁― をお描きになるのだなと思った。ところが旦那様がなさったのはスカートを描くあたりに黒、胴着と壁の地図に黄土色、水差しと水盤に赤、壁に灰色と、それぞれの色を塗り広げること。揃いも揃ってまちがった色ばかり。どれひとつとして描いているものの色とは一致しない。旦那様は長い時間をかけて、こうした偽りの色をお塗りになった。偽りの色とは私が考えて呼び名だ。> 小説では『水差しを持つ女』はパン屋の娘さんの絵となっています。このシーンは映像にもなっていました。
パン屋の娘さんの絵は五ヶ月かかって完成します。<旦那様は最後にもう一度情景をご覧になるために、ファン・レーウェンフックからカメラ・オブスクラをお借りになった。組み立てが終わると、私にも覗かせてくださった。どういう仕掛けかまだわからなかったけれど、カメラの中に現れる絵にはついため息がもれるほど感心するようになっていた。部屋のなかにあるものの天地左右が反転したミニチュア版。ありふれたものの色彩がひときわ深みを増す。机に載ったタペストリーの赤は濃さを増し、壁にかかった地図は、陽光に翳したエール入りのグラスのように、艶やかな茶色に変じる。カメラがどのように旦那様の助けになるのかはまだ見当がつかないけれど、私もこの頃はだんだんマーリア・ティンスに似てきて、それで絵がうまく描けるのなら、理由を詮索することもないと思うようになった。>とレイシイ・シュバリエはフリートの言葉を借りて、フェルメールのカメラ・オブスクラの使い方を説明してくれました。
この原作をもとにしたピーター・ウェーバー監督の映像はどれもフェルメールの絵を想わせるシーンばかりで、何度見てもあきることはありません。
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