山崎豊子は『大阪づくし 私の産声』で、阪神特殊鋼のモデルについて次のように述べています。<モデルというと、小説の中の阪神特殊鋼は、山陽特殊鋼をモデルとしていると云われているが、これは作家の想像で特殊鋼の工場を建てることは不可能であったから、優れた特殊鋼技術を持つ山陽特殊鋼を見学し、その規模、生産設備などを下敷きにして、小説の中の阪神特殊鋼を作り上げたのであるが、工場見学した時、感動したことがある。 それは、戦後最大級といわれる大型倒産をし、厳しい世論にも叩かれた会社であるから、まだどれほど傷跡が残っているかという想像のもとに見学に行くと、電気炉工場はじめとして、圧延、製管などの工場にも張り詰めた熱気のようなものが感じ取られた。> 山陽特殊製鋼はベアリング鋼の製造においては、他社の追随を許さないほどの技術とシェアを持った会社ですが、昭和40年に過剰な設備投資により、一度倒産しています。(昭和49年には会社更生に成功しています) しかも、昭和37年には大幅赤字に陥っていたにもかかわらず、社長の荻野一氏は昭和38年に高炉建設計画を発表しており、『華麗なる一族』には高炉建設が重大なテーマとして織り込まれています。 昭和49年の映画『華麗なる一族』では、山陽特殊鋼の電気炉でロケをしたようです。小説でもこの映像の出鋼場面は、実に詳しく描かれており、元鉄鋼マンが読んでも間違いはなく、山崎豊子さんがよく取材、勉強されたことがわかりました。 ところで、阪神特殊鋼のモデルとなった山陽特殊鋼は姫路にありますが、小説では、その場所を灘浜の東端に移し、<神戸港に臨んだ灘浜臨海工業地帯は、朝からスモッグにおおわれ、石油化学工場や、機械、造船工場から吐き出される煙が、北西の季節風に煽られて、海側の上空へ幾筋もの縞模様を描き出している。その中で一際、高い煙突から煙を吐き出しているのが、万俵コンツェルンの一翼である阪神特殊鋼であった。>と書かれています。この場所は神戸製鋼の神戸製鉄所の場所なのです。灘浜の神戸製鋼の高炉、製鋼工場は昨年から休止し、現在は圧延工場のみ稼働しているようです。 先日芦屋マリーナから神戸港までクルージングを楽しむ機会があり、神戸製鋼を沖合から見てきました。写真中央の茶色い建物は休止している製鋼工場ですが、高炉は既に撤去されており、見えませんでした。鉄鋼業界の流れも速く、業界地図は昔とかなり変わりました。
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