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Channel: 阪急沿線文学散歩
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田中純『フェルメールの闇』第二章「絵画芸術」

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 田中純『フェルメールの闇』の第二章は「絵画芸術」。小説のカバー絵に使われているだけに著者による解説も力が入っています。 主人公の一人で元帝国美術館の学芸員だった光岡が登場します。<光岡は三本目の缶ビールを開けることにした。マンションの居間の正面の壁には十七世紀オランダのフェルメールの描いた『絵画芸術』という堅苦しい題名の複製が安っぽい額縁に収まって、掛かっている。光岡がまだ帝国美術館の学芸員だった頃、一年間、研修員の名目でパリのルーブルに留学させて貰ったが、その折に度々出かけたウィーンの「美術史美術館」で買ったものだ。> <画面右には、洒落た洋服と帽子(十五~十六世紀ブルゴーニュの服装とされ、最初期の作品『女衒』の左端に描かれた、自画像ではないかと想像されることの多い男の服にそっくりなんだが、ともかく、この服の黒の見事さといったら!)を身に着け、何故か背を向けた画家、左奥にはトランペットと本を持ち月桂冠を頭に、フェルメール的光を全身に浴びながらポーズをつけた女性のモデル、が描かれている。所謂、寓意画(なんらかのメッセージが込められている絵)と言われるものだ。>解説書を読みながらフェルメールの絵に込められたメッセージを読み取るのは楽しみですが、寓意図解集というのがあるそうで、当時のヨーロッパの人々にはその意味するところを理解していたのでしょう。<要するに、ある種の約束事に基づいて、謎解きをしながら絵の真の意味を探るということが画家と絵を見る暗黙の了解になっている訳だ。そして当時の多くの画家にとってのタネ本となったのが、一六四四年にオランダで発行されたチェザーレ・リーバによる『イコノロギー』(寓意図解集)という本であった。 フェルメールの『絵画芸術』に描かれた事物も、この本に倣っているとされている。それによれば、モデルの女性は『歴史の女神クリオ』の扮装、机の上の石膏のマスクはデッサン(模倣)を、頭上のシャンデリアは絵画の栄光を象徴している、とされる。つまり、髑髏(死、あるいは生のはかなさ)のように、誰しもに分かる寓意の場合はいいが、それ以外は絵の描き手も鑑賞者も、このような図解集を手に絵画の謎解きを楽しんだ、ということになる。その意味では絵画は推理ゲームであった。> 「フェルメール光の王国展」では画家のアトリエが再現されていました。    映画になったトレイシー・シュヴァリエの「真珠の耳飾りの少女」の原作には次のようにアトリエの様子が描かれています。 <しばらく時間があるようなので、部屋の中を観察した。部屋は大きな方形だが、階下の大広間ほど大きくはない。窓を開けると、室内は明るく広々とした感じになった。壁面は白、床は灰色と白のタイルの市松模様。モッブの汚れが白壁につかないように、キューピッドを描いたデルフト・タイルが壁の下縁に並んでいる。お父さんの描いたタイルはひとつもなかった。> 映画で登場する父親の描いたデルフト・タイルです。シュバリエの原作ではフリートが奉公に出るとき、父親がこのタイルをハンカチに包んで「家のことを忘れないでおくれ」と手渡すのです。<お父さんのこしらえた、私の大好きなタイルだった。家にあるお父さんのタイルはたいがいどこかに疵があった。お父さんが私たちのために、わざわざとっておいてくれたもの。男の子と年上の女の子の二人の姿をさりげなく描いた絵。>と説明されています。映画では後半に再びこのタイルがでてきます。  

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