時々参考にさせていただく「西宮文学回廊」~文学作品の舞台になった西宮を訪ねて~が最近かなり充実しており、紹介されていない作品を見つけるのが困難になりつつあります。http://nishinomiya.jp/bungaku/ 歴代の芥川賞受賞作の中で、西宮が舞台として登場する作品として、由紀しげ子『本の話』、井上靖『闘牛』がありますが、「西宮文学回廊」ではまだ紹介されていない昭和45年度下半期の芥川賞受賞作、阪田寛夫『土の器』では夙川の家が舞台として登場します。
著者は<大阪市生まれ、東京大学文学部卒、朝日放送でラジオ番組のプロデューサーとして活躍。昭和37年退社後、作家として詩、小説、放送脚本、童謡、絵本などを手掛ける。娘は元宝塚スターの大浦みずき。>とのこと。 大のタカラヅカファンであり、童謡『サッチャン』の作詞者、劇団四季の『桃次郎の冒険』の原作者でもあります。
阪田の父はインク製造業のかたわらキリスト教教会幼稚園の園長、母は作曲家・オルガニストで「椰子の実」の作曲者大中寅二の姉という恵まれた家庭に生まれました。芥川賞受賞作の『土の器』とは、新約聖書の一節にある言葉で、クリスチャンの母親の闘病から死までを描きながら心温かく家族を見つめた作品です。 物語は、死ぬ前の年に肩の骨を折った母親が、人生の転機と観念して、兄が建てた夙川の現代アメリカ風の家に落ち着くところから始まります。
最初「夙川の長男の家」とは雲井町か殿山町か思ったのですが、どうも違います。
とりあえず作品を読み進めましょう。<骨折が癒って動けるようになると、母は「人生の転機」は棚に上げ、また仕事に呼び寄せられて家を出ることが多くなった。ただ、こんどの家は六甲山系の入り口の丘の上にあるから、先ず電車の駅へ出るだけでもかなりの道のりだ。それにたまに大坂へ出るとどうしても廻るところが多くなる。ろくに食事を摂るひまもないらしく、ふらふらになって山を登って帰ってくる。タクシーに乗りなさいと言うのに乗らない。>「電車の駅に出るだけでもかなりの道のり、六甲山系の入り口」とは、湯川秀樹や山口誓子が住んだ苦楽園のことでしょうか。
<景気が上向いた一九六〇年代に夙川の山の上に建てた家は二人が恐らく戦争前からこの世でこうありたいと思い続けてきた、生活の技術と信条とが一挙に具体化された設計になった。つまり、快適でゆとりもあるけれどものらくらできない感じの家だ。庭には観賞用の四季の花を絶えず群れ咲かせ、ボイラーやアメリカ製の大型電気機械の修繕は兄の役目であり、趣味も兼ねている。肉類は骨付きのうまいところを纏めて買って冷凍庫にぶち込む。そのために土曜か日曜の午後、兄が自動車を運転して(時には肥りすぎのコッカスパニエルも乗せて)夫婦仲良く大声で冗談を言い合いながら神戸へ買いに行く。>
1960年代のアメリカナイズされた生活が目に浮かぶようです。夙川の山の上の家とは何処なのか更に読み進めましょう。
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