『神様のいる街』は東京出身の作家吉田篤弘(1962年生まれ)の青春時代を描いた自伝的小説。久しぶりに青春時代の心を思い起こさせてくれる小説に出会いました。 冒頭は、次のように始まります。<周波数を探っていた。日曜日の深夜だった。その時間帯だけ空気がきれいになる。壊れかけたラジカセのチューニング・ダイヤルを一ミリずつ動かし、東京から五百キロ離れた神戸のラジオ局の電波をとらえようとしていた。聴きたい番組があったわけではない。ただ、神戸の時間や空気とつながれば、それでよかった。> 昔よく深夜にFEN(米軍放送)にチューニングしていたことを思い出します。著者が二十歳だったと述べていますから、1982年のことです。 それまで東京から「ひかり」で五度か六度神戸に来ていたそうですから、初めて神戸を訪れた時から神戸の街に惹き付けられたのでしょう。まだ「のぞみ」が走っていなかった頃のお話です。 今回もビートルズのシングル盤をすべて売り払って、そのお金で神戸に向かいます。 新神戸オリエンタルホテルが開業したのは1988年のことですから、まだホテルもマンションもない時代です。 新神戸から三宮までの地下鉄が開通したのは1985年のこと、当時は地上を市バスで街の風景を見ながら三宮に向かいます。<新神戸駅から三宮駅に向かうバスは満員で、乗客は皆、仕事や学校に出かける街の人たちだった。街の人々が一日を始めていく様子が快かった。駅を中心にして、若い人たちも老人たちも、皆、思い思いに街を歩いて行く。神戸の中心地区は、海側のオフィス街と山側の住宅地の距離が歩いて行ける距離にあった。東京には、なかなかそういう街はない。>山と海に挟まれた神戸の街。その景色に惹かれたのでしょう。 小説の最後では夫人となる人の東京の学校で出会いや、彼女もすぐに神戸を好きになったことなど書かれており、六甲山の山の上にある教会で結婚式を挙げられたそうです。写真はクラフト・エヴィング商會の吉田篤弘・弘美夫妻のインタビュー記事から。<お金を儲けることを考えなければ、人生には時間がたっぷりある。お金なのか、時間なのか。本当に必要なのは、はたしてどちらなのか。答えは出なかった。> 若者にとって、含蓄のある言葉。読んでいて、著者の生き方を羨ましく思いました。 私も神戸の街が大好き。この本のお話をもう少し続けます。
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