山崎豊子『華麗なる一族』では、万俵邸は阪急岡本駅の山側に設定されています。<阪急岡本の駅まで来ると、車は山手に向って坂道を上りはじめる。車の正面に、六甲山脈が列なり、その豊かな稜線から、小さな山々の尾根が襞のように柔らかく重なり合いながら、分かれている。その一つが、万俵家が数千町歩にわたる山林を所有している天王山の尾根であった。>実は岡本には、天王山という山は実在しません。この文章だけ読むと、岡本梅林あたりが万俵邸の位置のようにも思われますが、どうもしっくり来ません。<天王山に登る山裾の坂道を六丁ほど上がると、海を見下ろす高い丘になり、そこが万俵家であった。天王山を背にして鬱蒼とした樹木に囲まれた一万坪に及ぶ敷地であったから、外からは建物はもちろんのこと、邸内の様子も全く見えない。御影石を積んだ大きな門の前まで来て、はじめてそこが人の住んでいる邸であることがわかる。> この説明を読んでいると、敷地四万坪の現在の甲南女子大のところにあった広岡恵三・亀子邸のようにも思えます。 ところで、阪神特殊鋼の位置は、灘浜の神戸製鋼の位置に設定されています。<眼下に芦屋、岡本、御影など阪神間の街が一望のもとに見渡せ、その先には神戸港の海が広がり、海を埋め立てた灘浜臨界工業地帯が凸字型に突き出、工場群の煙突が並んでいる。 そしてその東端の、一際大きな煙突が、長男の鉄平が経営にあたっている阪神特殊鋼で、黒ずんだ煙を今日も吐き出している。毎日、見慣れた風景であったが、大介は、朝、邸を出る時と帰って来た時、必ず邸内の道の中程にたって阪神特殊鋼の煙突を眺める。> 航空写真左下の黄線で囲ったところが神戸製鋼です。その煙突を朝夕眺めるとすると、左側の赤丸で囲った甲南病院のあたりかもしれません。甲南病院へ登る道の途中からはこのように神戸製鋼の高炉がはっきり見えます。 甲南病院のすぐ下には大正12年に住吉聖心女子学院が設立され、その後小林に移転していますが、そのレンガ塀が今も残っています。そこから見た西宮方面の海です。このあたりの光景は小林聖心女子学院のホームページに次のように著されていました。<阪急の御影駅を降り、大きな石垣を右に見ながら坂道を登っていく。やがて道は松林の中にはいり、左寄りの小道をなおもたどっていくと、ドイツ風の洋館2棟とバラックの仮校舎が見えてくる。見晴らしのよい丘の上である。建物を取り囲む庭には、ある時は山茶花、またある時は椿と、色とりどりの季節の花が咲き乱れ、ふり返ると、光り輝く神戸の海が眩しく眼下にひろがっている。ときおり、ロザリオを手に松林を散策したり、3-4人で椅子を円型に寄せ合って編物をしたりしているマザーの姿が見られ、公立の学校とはおよそかけ離れた雰囲気をかもしだしていた。>ところで昭和49年の映画『華麗なる一族』に万俵邸として登場しているのは阪急御影駅すぐ傍の、大林邸です。現在は大林組ゲストハウスとなっているようですが、大林組第2代社長・大林義雄の邸宅として昭和7年に竣工した建物です。非公開の建物ですが、外からわずかに特徴ある塔を見ることができます。
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